1. はじめに
ESG(環境・社会・ガバナンス)要素が企業価値評価に与える影響については、近年多くの議論がなされています。とりわけ、炭素排出リスクや規制強化リスクをどのように株式価値へ反映させるかは、大変重要なテーマです。しかしながら、ESGリスクを数値化し、具体的にどのような手法で企業評価モデルへ組み込むかについては、まだ確立したアプローチが少ないのが実情です。
そこで本稿では、ESGリスクを企業価値評価(株式価値評価)に取り込む代表的な方法として「割引率を調整するアプローチ」と「キャッシュ・フローを調整するアプローチ」をご紹介し、それぞれのメリット・デメリット、実務での活用イメージなどを解説します。あわせて、欧州で取り沙汰されている割引率調整の事例に触れつつ、今後の展望についても考察いたします。
2. 割引率を調整するアプローチ
まず、企業価値評価において広く用いられるのがDCF法です。将来のキャッシュ・フローを一定の割引率で割り引いて現在価値を求める際、この割引率(WACCをESGリスクに応じて調整しようというのが本アプローチの基本的な考え方です。具体的には、株主資本コストにリスクプレミアムを上乗せすることで、高炭素セクターや環境リスクの高い事業分野には高い割引率を適用し、最終的な企業価値を低めに算定する仕組みが考えられます。
この方法のメリットとしては、キャッシュ・フローそのものを大きく修正せずに済むため、既存のDCFモデルを流用しやすい点が挙げられます。また、市場がESGリスクをどの程度織り込んでいるかを株主資本コストの高さという形で反映しやすいという利点もあります。一方で、どの程度のリスクプレミアムを上乗せするかという客観性に課題があり、評価者の恣意性が入りやすいことがデメリットといえます。
欧州の一部の投資家や保険会社では、炭素排出量や自然災害リスクなどを社内ツールで定量化し、投資判断で割引率を変動させているという報告があります。ただし、こうした具体的な割引率調整の事例は公表されている情報がまだ限られております。
3. キャッシュ・フローを調整するアプローチ
もう一つの方法は、企業が将来支払う可能性のある炭素税や規制罰金、あるいは環境対策投資といったESG関連のコスト・リスクを、キャッシュ・フロー予測に直接反映するアプローチです。たとえば、高排出セクターであれば、排出取引制度の拡大によるコスト増や、株主・顧客からの圧力による売上減少を織り込み、収益構造を厳しめに想定するなどが考えられます。
この方法のメリットは、具体的な金額やシナリオを設定しやすいため、企業固有のリスク・機会をきめ細かく評価できる点です。また、複数のシナリオを用意してキャッシュ・フローを比較すれば、ESGリスクが顕在化した場合の影響を可視化できるという特徴もあります。一方で、将来の政治・経済情勢や技術革新によって、実際のコストがどの程度になるかが不透明であり、予測の前提条件が増えるほど評価モデルが複雑化しやすいという欠点があります。
4. 今後の見通し
今後、IFRS S1/S2やCSRD(欧州サステナビリティ報告指令)などの規制強化や標準化によって、企業が公表する非財務情報の精度や範囲が広がる見込みです。こうした情報開示の充実に伴い、ESGリスクをどのように数値化し、評価モデルで取り扱うかの指針がより明確になっていく可能性があります。長期的には、ESGリスクを株式価値に反映させる手法がさらに洗練され、投資家や企業の双方にとって透明性の高い仕組みへと成熟していくことが期待されます。
5. まとめ
ESGリスクを企業価値評価に取り込む手法としては、大きく「割引率を調整する」か「キャッシュ・フローを調整する」かの2種類が考えられます。前者はDCFモデルにおける資本コスト(特に株主資本コスト)にリスクプレミアムを上乗せする方式で、比較的シンプルに適用できる反面、リスクプレミアムの水準設定が恣意的になりがちです。後者はキャッシュ・フローを直接いじるアプローチで、具体的な金額を見積もりやすい一方、前提条件が多くなるためモデルが複雑化する傾向があります。